伏見人
歴史を地域の財産として還元する若林正博さん☆

本日の伏見人は、『伏見城研究会』の若林正博さんにお話を伺いました。
子供の頃から社会・歴史・地理が好きだったという若林さん。
歴史好きが高じて、学芸員、認証アーキビストとして働くかたわら、伏見の歴史を深く広く伝える活動をされています。
そんな若林さんから見た伏見の良いところやオススメの場所などの情報は必見です!

天満橋京阪シティモール屋上にて

伏見の300年前の地図と見比べながらプチフィールドワーク
昔から歴史に興味があり、伏見の歴史を多くの人から学び、調査・研究を進めています。
本や論文に書き留めたりもしていますが、それだけで終わらせたくありません。
歴史を教訓にし、伏見の未来にどう役立てていくのか。
年間約20回のボランティアでの講座やフィールドワークでもそのことを考えています。
市民しんぶんのコラム執筆や深草アーカイブのアドバイザーなどにも携わっています。

京橋から伏見みなと公園を散策
地元の人も気付いていない伏見の魅力を知ってもらいたいと思い、活動しています。
例えば、来年の大河ドラマ『どうする家康』の主人公は徳川家康です。
家康といえば、“江戸幕府を開いた人”と学校で習ったと思いますが、天下人になるまでの10年ほどは家康も伏見に拠点を置いていたんです。
伏見は豊臣秀吉で有名ですが、家康も深く関わってきた街です。
言い換えれば、伏見は家康の天下取りの地とも言えますね。
この話は、長い歴史の中のほんの数十年を切り取っただけですが、伏見の地はそれ以外の時代にも国を揺るがす出来事がたくさん起こった場所。
伏見の歴史を伝えるとき、知って欲しい事は山のようにあります。
しかし、登場人物が多くなり過ぎると、皆さん混乱してしまうので、時代や場面を切り取って、分かりやすく伝えるように心がけています。

子供時代の若林さん。伏見桃山城遊園地にて

趣味は野球!宇治川グランドの草野球で捕手をされている時のお写真
伏見の人は、どんな人に対してもフレンドリーに接する気質があると思います。
実は、このフレンドリーさは、長い歴史の中で伏見人が培ってきたものだと思っています。
江戸時代の制度で有名な参勤交代。
各地の大名が定期的に江戸と国元を往来する制度ですね。
実は、その先駆けが伏見にあったんです。
皆さん「おや!?」と思うのではないでしょうか。
伏見の街を作った秀吉、伏見で天下を取った家康。
この時代は、日本の中心地であったため、伏見には日本全国の大名が屋敷を構え居住していました。
その名残が今でも地名に残っていますね。
そういう意味で、参勤交代制度の原形は、伏見にあると言っても過言ではないと思っています。
また伏見は、京都・大坂間の水運と陸運で発展しました。
大名をはじめ多くの人々が、伏見にやってきました。
そして、その宿泊施設として多くの「宿場」も軒を並べていました。
伏見は地政学的な理由から、あらゆる人々が集まり、そして地元の人々と触れあってきました。
その後の時代でも、宿場跡を利用してできたのが「酒蔵」です。
冬には杜氏さん(季節労働者)がお酒を仕込むために丹後・丹波などから訪れたりと、絶えず全国各地の方々と交流の場があった街です。
だから今でも、伏見の人は気さくに誰とでも交流を図れる「DNA」が受け継がれているのではないでしょうか。

御香宮神社の拝殿の屋根。家紋の並びに注目

御香宮神社内にある東照宮(左)と豊国社(右)
3箇所紹介させて下さい。
◆明治天皇伏見桃山陵(山の伏見)
豊臣・徳川の政庁であった伏見城の本丸跡地でもあり、伏見の歴史が凝縮された場所です。
空も広く、静か。
生駒山や大阪の方まで見渡せるので伏見の地理的な位置も確認できます。
◆蓬莱橋~三栖(浜の伏見)
秀吉が伏見城築城の際に伏見港を拓き、江戸時代は川の港として栄えたエリアです。
京都と大坂を結ぶ淀川、伏見と京都を結ぶ高瀬川の水運の要で、伏見の歴史を語る上で欠かせない場所です。
拝殿の中心には4つの家紋が入っており、徳川家の葵の紋が中心にあります。
家紋からも徳川との関わりの深さが分かります。
本殿の北には「東照宮」と「豊国社」の両社が祀られています。
天下を分けて敵対していた徳川家と豊臣家の所縁の社が、同じ敷地内で見られるのは、何というか感動ものです!

若林さんの名刺の裏には一枚ずつ異なる伏見の名所や歴史についてのお写真が掲載されています

家守堂になる前の安本茶舗にて小休憩
伏見の歴史の調査・研究をもっと深めて、伏見の街にどんどん還元していきたいです。
『アイデアは真似できるが、歴史は真似できない。歴史こそ最高級の地域の財産』
僕はそう思っています。
伏見はこの財産を、みすみす放っておくことはないと思います。
また、僕のやっていることに興味を持って深めてくれる人が出てきてくれたらいいなと思います。
その先は知りたいテーマを見つけて自分で切り拓いていく。
そんな人がたくさん出てきて、伏見の歴史研究のすそ野が広がるのを、僕は楽しみにしています。
【編集コメント】
取材中もかなりの量の伏見史を語って頂きました。
知らなかった伏見の魅力ばかりで、ますます伏見を好きになりました☆
伏見人の取材項目の中に『Q.3伏見のココが好き!!』という設問があります。
『伏見は気さくな人が多い』
そう答えて頂くことが今まで多かったのですが、今回その歴史的理由が分かってとてもスッキリしました♪
歴史って面白い!!☆
(取材 さおしー)
※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。