伏見人
伏見を愛し伏見に愛される伏見の申し子、好奇心と努力・チャレンジの若人
「伏見区愛のすごい高校生がいる」とまいぷれ編集部にご紹介があり、つながったのが饒波(のなみ)隼人さん。
聞けば、伏見に暮らしているのはもちろん、「全国高校生マイプロジェクトアワード」京都府サミットに出場、高1のときは惜しくも動画選考で敗退したものの、2年生になって再度出場、今度は全国優秀賞を受賞したという実力者。
なぜこんなスーパー高校生になれたのか? どんな道のりを辿ってきたのか? パワーの源泉は?
さまざまな疑問に答えていただくべく、じっくりお話を伺いました。
私は伏見生まれ伏見育ちで、高校を卒業してこの2026年4月から大学生になります。
「伏見の観光大使」を自称しています。
昔から伏見が大好きで、その要因というのは数えきれないくらいあります。が、より興味が深まったきっかけは、小学校3年生のとき。授業でスタートした社会科が大好きで、そのときの先生がいわゆるフィールドワークに熱心な方だったんです。
授業のときにクラス全体で御香宮さんや伏見城(跡)に行ったり、伏見の酒について調べたりという体験を通して、ますます伏見が好きになりました。
その後、花園中学校に進み、「探究学習(ディスカバリーコース)」という週1回の授業のなかで、企業の方々と一緒にグループでミッションを達成するという課題に取り組みました。
この3年間で地力をつけ、高校に進んで本格的に自律的に自分ごととして課題に取り組むことになりました。
私は高校1年生になったときに、地元伏見を研究対象に選びました。年を経るごとに伏見好きが高じ、伏見の力になりたい、という気持ちが強くなってきたからです。

マイプロジェクトアワード全国サミットにてプレゼン中
「伏見」にまつわる膨大な資料の一環。過去の新聞記事もそのひとつ
学校では伏見に関する文献を読みながら、「同じ志の人と知り合いたい」と思い、偶然目にとまった「伏見~るかるた」を主催されている団体さんに連絡を取り、会いに行きました。2023年のことです。
「伏見~るかるた」さん主催の「伏見のまちを歩きましょう」というイベントに参加させていただき、お話もたくさん聞きました。そして、自分なりに考えを巡らし、かるたに関して提案もしたのですが、予算の関係で実現せず、挫折感を味わいました。
ちょっと落ち着いて自己分析することも必要だと、人生の先輩からのアドバイスをいただき、「曼荼羅チャート」を描いてみました。
そうすると、さまざまなことが見えてきました。
「曼荼羅チャート」で冷静に自身の立ち位置と興味関心の方向性を分析
その後エントリーすることになる、「全国高校生マイプロジェクトアワード」を支えておられる龍谷大学の滋野正道先生との出会いがあり、「カタリバオンライン」に参加させていただきました。
そこで全国の高校生に向けて伏見の魅力をプレゼンし、フィードバックをもらったところ、「京都に伏見ってあるんですね」「名古屋の伏見なら知っていたけど…」という返りが多く、愕然としました。
高校生だけでなく大人にも話をしてみる機会として、全国のまちづくりに取り組んでいるプロフェッショナルの方々にも同様のプレゼンを披露させていただき、濃い学びを得ました。
そこで「軸をブレさせてはいけない」というアドバイスをもらい、それがヒントとなり、「伏見の観光大使」を名乗ることにしました。
すぐに名刺も作成しました。
「伏見は自分が思っていたほど全国的に認知されていない」という気づきと、「自分のなかに軸をしっかり立てることが大事」という教えから、「伏見を認知してもらう」ことを軸に据えた活動をしていこうと考えました。
そこで、SNSで発信し、観光ツアーを主催していくことに決めました。

マイプロアワード2024エントリー時の勇姿
2024年8月、「伏見の魅力広め隊」さんに入会、醍醐寺のツアーに参加させてもらいました。
その経験を経て、25年5月に「幕末の伏見を歩く」ツアーを「伏見の魅力広め隊」さんと共同で主催しました。
定員70名でしたが、定員を超える方々が参加され、自分も4人の参加者さんのグループを担当し、がんばって各名所前で解説をしました。
下調べも一生懸命やりましたが、ベテランの先達とは経験の厚みが違う、と痛感しました。
マイプロ参加のあと、学校からの依頼でリポートを書きました。
そこには後輩たちに向けて、「常にチャレンジャーでありつづけてほしい」と記しました。
世間を見回しても「慣れ」ほどこわいものはないと思います。
“人間万事塞翁が馬”とも、“勝って兜の緒を締めよ”とも言いますが、生きているといいことも悪いことも起こります。うまくいったときこそ気を緩めないことが大事ですし、いいときも悪いときも、チャレンジしつづけることが大切だと思います。
日本史を見ても、負ける人の共通点があります。
「情報不足」と「慢心」。
この二つに敗因があると、先人たちは教えてくれていますよね。

「幕末の伏見を歩く」ツアーにてガイド役デビュー
これでもごく一部という伏見に関する資料の数々。クリアファイルにも伏見愛があふれています!
伏見は「THE京都」じゃない京都、というか、多様な顔を持っている。そこが魅力だと思います。
伏見独特の雰囲気がありますし、広い伏見はエリアによっても表情が大きく変わります。
酒蔵の立ち並ぶ辺りもいいですし、大手筋商店街の賑わいも素晴らしい。
水あり、山あり、文化あり。
魅力が尽きないまちだと思います。

映画『君の膵臓を食べたい』のロケ地にもなった伏見であい橋から撮影した桜
店主さんも近所の方で、お店には昔から家族でもよく行っています。これからもずっと通うと思います。
夢は、おとなになってお酒を飲めるようになれば、「京都・伏見神聖酒蔵 鳥せい 本店」に行くことです。

これからもきっと通う、伏見を代表する「大黒ラーメン」

幸せなひととき♬
何といっても「伏見」を全国展開することです。
今は自称の「伏見の観光大使」を、公称にランクアップすること。
そして、一人で活動することの限界を感じているので、同じ志の仲間がほしいです。まずは一人見つけたいですね。
すでに龍谷大学のボランティアグループの方ともつながりができており、若林正博先生の「伏見学」の受講も継続していきたいです。
先人に学びつつ、若い自分ならではの発信をしていきたい。
なので、まとめると…
「伏見を日本一のまちに!」することです。

「伏見の観光大使」正装。もちろん自前で調達しました♬
まだ食べたことがないのですが、あこがれている大手筋商店街の「阿津満」さんのお寿司ですね。
それから、お世話になった人たちを全員、「大黒ラーメン」に集めて、富翁や神聖など、伏見の銘酒をすべて集めて、みんなで楽しく飲み食いしたいです。
日本酒とラーメンは合うらしいですよ!

あこがれの、大手筋商店街の「阿津満」寿司さん
【編集コメント】
伏見生まれ・育ちの高校生が「京都府サミット」に出場し、全国大会に進んで全国優秀賞を受賞した!というニュースも記憶に新しいですが、その後ご縁がつながり、今回の取材に至りました。
とても礼儀正しく真面目で、取材に対してもしっかり準備をしてくれた饒波さんからは、まさに尽きせぬ泉のように次から次へと伏見への熱い想いと、今まで何を感じ、何に心を動かされ、それをどう受け止め、今に至るのか、という軌跡がしっかりと伝わってきました。
すごいなあ。どうやったらこんなふうに育つんだろう、と同じ年頃の息子を持つ母親目線でも、感心することしきりでした。
これからどんなチャレンジをしてくれるのか、期待しかありません。
饒波さんの輝かしい「これから」に要注目です!
お話をお聞かせいただき、ありがとうございました。
(取材 ナッツ)
※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。

饒波隼人さん(伏見の観光大使) vol.260
伏見を愛し伏見に愛される伏見の申し子、好奇心と努力・チャレンジの若人

成宮 優さん(有限会社 成宮工務店/代表) vol.259
暮らす人の"気持ちよさ"を直感的に捉え、心地よい空間をつくり出せる感性豊かな人

伊藤由里さん(鳥羽甚/女将) vol.258
地元の方から愛される人生の節目に訪れたいお店