地元暮らしをちょっぴり楽しくするようなオリジナル情報なら、地域情報サイト「まいぷれ」!
文字サイズ文字を小さくする文字を大きくする

京都市伏見区の地域情報サイト「まいぷれ」

【編集部ニュース】長月(ながつき)の京都・城下町伏見から『豊臣秀吉の月見について』紹介します‼ @京ちゃんの伏見ヒストリー日記

まいぷれ京都市伏見区編集部

まいぷれ伏見区編集スタッフ
京ちゃんです


今年の『中秋の名月』は、9月17日(火)です。

『豊臣秀吉が京都の伏見で行った「月見」』は、彼の晩年のエピソードとして知られています。

伏見には、秀吉が築いた伏見城があり、当時の政治や文化の中心地の一つでした。

伏見城は、秀吉が晩年を過ごした場所としても有名です。

文禄3年(1594年)に築かれ、秀吉が政治の拠点とした城です。

この城から全国を統治し、豊臣政権の最後の拠点となりました。

城の城郭(じょうかく)内には、壮麗な庭園や建物があり、そこで様々な文化的な行事が行われ、その一つが「月見」です。

「月見」は、平安時代から続く伝統行事で、秋の満月を鑑賞し、詩歌や茶会を楽しむ文化的な催しです。

秀吉は、この文化を愛し、伏見城で豪華な「月見の宴」を催し、多くの武将や文化人を招き、詩歌の朗詠や茶会、音楽を楽しみました。

伏見での「月見」で有名な逸話として、慶長3年(1598年)に開催した「月見の宴」は、彼が病に伏しており、体力も衰えていました。

それでもなお「月見」を楽しみたいという強い意志を持ち、伏見城の庭園にて満月を見上げながら、「これが最後の月見になるかもしれない」と感慨深く語ったと、言われています。

この「月見の宴」の後、秀吉は慶長3年(1598年)8月に亡くなりました。


豊臣秀吉の『月見』は、単なる文化的な行事を超えて、


彼の生涯の終焉を象徴する重要な出来事と言えるでしょう‼


#中秋の名月
#豊臣秀吉
#伏見城
#文禄3年(1594年)
#城郭
#月見の宴
#詩歌の朗詠や茶会









基本情報

名称まいぷれ京都市伏見区編集部
フリガナマイプレキョウトシフシミクヘンシュウブ
住所612-8364 京都市伏見区下油掛町157-1 メゾンナガサワ-102
アクセス京阪本線伏見桃山駅より徒歩8分
京阪本線中書島駅より徒歩8分
近鉄京都線桃山御陵前駅より徒歩9分
京橋バス停より徒歩1分
メールアドレスmypl@bond-town.com
営業時間詳しくはお問い合わせください
駐車場なし
開業日2019年2月1日
ホームページhttps://fushimi-kyoto.mypl.net/
Facebookアカウントhttps://www.facebook.com/fushimi.kyoto.mypl
Xアカウントhttps://twitter.com/myplfushimi
Instagramアカウントhttps://www.instagram.com/fushimi.mypl/
関連ページまいぷれ編集部からのお知らせ
YouTube
予約ページ外部サイトに繋がります
問い合わせページ外部サイトに繋がります
☆★イベント情報★☆

まいぷれ[京都市伏見区] 公式SNSアカウント