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約200年の時を越えて、御香宮神社の雌雄の獅々がよみがえる!

(更新)

約50年ぶりの大修復。江戸時代の姿を取り戻した「御香宮祭礼獅々」

 髙見尚伸さん(御香宮 獅々若 木挽町青年団 団長)

江戸時代から伏見の街を駆け抜けてきた、御香宮神社の雌雄一対の「大獅子」。毎年10月に開催される御香宮神社の神幸祭では、3基の神輿の巡行に先立ち、この大獅々が氏子地域を練り歩きます。

 

文政4年(1821)に奉納されて以来、約200年にわたって受け継がれてきた大獅々。その「御香宮祭礼獅々」が、このたび約50年ぶりに大規模な修復を終えました。

 

2026年9月28日、修復を終えた雌獅々が御香宮神社へ戻ってきたとのことで、さっそく取材に伺いました。

江戸時代から受け継がれてきた「雌雄の獅々」

御香宮神社の祭礼を象徴する「御香宮祭礼獅々」。

 

その特徴のひとつが、その大きさと重さです。京都市の資料によると、獅々頭は雌が約63kg、雄が約61kg。胴体は約6mにも及びます。

 

この巨大な獅々を担ぎ、氏子地域を巡行する姿は、まさに圧巻。延べ約450名(木挽町 約300名、乾&札場 150名)の若者によって担がれ、旧伏見城下を練り歩きます。

 

獅子は、神輿の先払いをする「行道獅々」の系譜を引くものとされ、口をぱくぱくさせる所作には、邪気を払う意味があるとされています。

 

そして、この大獅子が御香宮神社に奉納されたのは、文政4年(1821)のこと。当時の伏見奉行であった仙石大和守久功が、重病から全快したことを祝い、御香宮神社へ寄進したと伝えられています。

 

ところが、あまりにも大きく重かったため、奉仕する人々の確保が必要となりました。そこで、木挽町青年団の前身と伝えられている「高瀬川船頭組合」に奉仕を一任。その後、木挽町青年団、乾青年団、札場会の若者たちへと受け継がれ、現在に至っています。

 

約200年という長い年月の中で、町の姿も、担ぎ手も変わってきました。それでも、この大獅子は毎年、伏見の街を歩き続けてきたのです。

 

平成18年(2006)3月31日には、京都市登録無形民俗文化財「御香宮神社の『御香宮祭礼獅々』」として登録。

現在は「御香宮獅々若会」が保存団体として、この伝統を守っています。

約50年ぶりの大修復へ

今回の修復が始まったきっかけのひとつは、新型コロナウイルスの影響でした。コロナ禍で神幸祭の巡行が実施できない期間を経て、コロナ明けに久しぶりに大獅子を見たとき、

 

「色あせているなあ」

 

と感じたという、御香宮獅々若 木挽町青年団 団長の髙見尚伸さん。そこから御香宮神社と相談を重ね、今回の修復へとつながりました。

 

昨年10月の神幸祭終了後、まず「雄獅々」が修理へ。今年4月に修理を終えて御香宮神社へ戻り、その後、「雌獅々」が修理に出されました。

 

そして2026年9月28日。ついに雌獅々も修復を終え、御香宮神社へ帰ってきました。雌雄2体、約1年にわたる修復です。修理を担当したのは、京都市南区にある株式会社井筒装束店。

 

主な修復内容は、

・木地直し
・漆塗り直し
・本金箔押し
・毛植
・眼の修復

などです。

まるで200年前の姿がよみがえったよう

実際に修復を終えた獅々を見せていただくと、その姿に圧倒されます。

 

鮮やかな赤漆塗り。その上に輝く本金箔。金箔が施された歯、力強い眼、そして整えられた毛並み。長い年月を経て、少しくすんでいた姿から、鮮やかな色彩がよみがえっています。まさに「大獅々がよみがえった」という表現がぴったりです。

 

高見さんが今回の修復で、特に見てほしいと話していたのが、

「昔の姿を見てほしい。昔の、寄進された頃の原型を」

ということ。今回の修復では、単にきれいにするのではなく、できる限り本来の姿を取り戻すことが目指されました。

 

約200年前、江戸時代の伏見の人々が見上げた大獅子。その姿に、私たちは少し近づくことができたのかもしれません。

《御香宮祭礼獅々 修理完成お披露目》

修復された雌雄一対の大獅子は、2026年10月3日(土)にお披露目されます。

 

▶日時:2026年10月3日(土)14:30~

 

約50年ぶりに修復された雌雄の大獅子が、そろってお披露目されます。長い年月を経てよみがえった、その姿をぜひ間近でご覧ください。

 

※詳しくは、こちらをご覧ください。

[御香宮祭礼獅々 修理完成お披露目|まいぷれ京都市伏見区]

本番は10月11日の「神幸祭」

そして、いよいよ本番。

 

2026年10月11日(日)は、御香宮神社の神幸祭です。この日は、朝から雌雄の大獅子が氏子区域を巡行します。

 

《獅子若行列》

7:30~15:00頃

朝7時30分頃、まず木挽町青年団が雌雄の獅々を担ぎ、氏子区域への巡幸をスタート。その後、12時30分頃には乾青年団・札場青年会へと引き継がれ、14時30分頃には御香宮神社への宮入を迎える予定です。

 

それぞれの青年団が担当する地域は、

・木挽町青年団……東陵中学校周辺
・乾青年団……板橋学区周辺
・札場青年会……住吉学区周辺

となっています。

 

約200年にわたって続いてきた大獅子の巡行。今年は、約50年ぶりの修復を終えた「新たな姿」で、再び伏見の街を駆け抜けます。

 

※御香宮神社の神幸祭の詳細は、こちらをご覧ください。
[御香宮神社 神幸祭]

約50年前の「獅子に付いていく!」を思い出した

今回、大獅子を取材していて、ふと気になったことがあります。「約50年ぶりの修復」と聞いても、私自身には、前回の修復を見た記憶がまったくありません。50年前といえば、昭和51年(1976)。私は、ちょうど小学校1年生くらいでした。

 

そして、私にとって御香宮のお祭りといえば――

 「獅子に付いていく!」

これでした。

 

朝早く起きて、体育着に着替える。そして、待ち合わせ場所へ。しばらくすると、「アラヨイヨイ!」。

 

威勢のいい掛け声とともに、獅子がやってきます。その後は、町々を練り歩き、後半は大手筋商店街へ。そして最後は御香宮神社へ戻って奉納。私の記憶では、午後2時頃には解放されていたように思います。途中の休憩所で楽しみだったのが、瓶コーラなどのジュース。

 

一方、大人たちはというと……。

酒樽から柄杓を傾けていた姿が、今でもなんとなく記憶に残っています。もちろん、現在はアルコールは禁止。時代は変わりました。

 

当時は、獅子について歩く子どもたちにも、お給金があったように記憶しています。ちなみに、今はありません。現在は、皆さんが完全なご奉仕で、この伝統を支えています。

 

そして今回、取材をしながら、もうひとつ思い出したことがあります。獅々が大手筋商店街に差しかかると、獅々頭の上に乗って、青年団の旗を振っていたのです。

 

……すっかり忘れていました。

以前は大人も獅子の上に乗っていたそうですが、現在は子どもだけとのこと。

 

この記事を書いている途中に、「あれ? そういえば……」「そうだ、そうだ」と、少しずつ記憶が戻ってきました。まるで、長い間しまい込んでいた記憶が、今回の大獅子との再会をきっかけに、ひとつずつよみがえってくるような感覚です。約50年前、子どもだった私が見上げていた大獅子。

 

そして2026年。約50年ぶりの修復を終えた大獅子を、今度は取材する側として見ています。そう考えると、なんとも不思議な気持ちになります。

 

江戸時代から約200年。その間、この獅子を見た子どもたちは、いったい何人いたのでしょう。そして、その子どもたちの中には、私のように、何十年も経ってから再びこの獅子と出会う人もいるのかもしれません。

 

今年の10月11日。修復を終えた雌雄の大獅子が、再び伏見の街を駆け抜けます。

 

「アラヨイヨイ!」その掛け声を聞いたとき、皆さんの中にも、昔の記憶がよみがえるかもしれません。約200年の時を越えて受け継がれてきた、御香宮神社の雌雄の獅々。その姿は、これからもきっと、伏見の子どもたちの記憶に残っていくことでしょう。

※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。