伏見クロストーク リーダーが語る伏見の未来
(更新)
注目の新連載。第1回目は「長嶋屋」と「三源庵」のおふたり。経営ビジョンから100年後の構想まで語り合います。

伏見区で活躍するトップリーダーの方々にお話を伺う新連載。
第1回目は、“デンキの病院”として地域に密着した活動をされている「長嶋屋」の社長・長嶋貴生さんと、カステラ・ロールカステラの名店として工場直売所も人気の「三源庵」社長・山田喜雅さんのお二人です。

「三源庵」の山田喜雅さん(左)と「長嶋屋」の長嶋貴生さん(右)
長嶋さん
親の代から電気屋をやっていますが、若いころは親の働く姿を見ていて、家業を継ぎたくはなかったんです。自宅の茶の間が仕事場のようなものでしたからね。18歳で別の会社に就職し、仕事に慣れて3年ほど経った頃、会社で敷かれたレールに乗っているように感じて独立しました。当時21歳で個人事業として最初に社長になりましたが、それなりに仕事が得られて順調でした。社長は誰でもなれるけれど、実際になってみて社長と経営者は違うということも実感しました。
何年も同業の応援をしていましたが、親がやっている長嶋屋からの外注を引き受けるようになり、いつのまにか長嶋屋の仕事の大多数をこなすようになり、実家を継ぐことになりました。
1992年のことです。父親から社長を引き継いだのは2012年になります。
山田さん
私は若いころ、植木職人でした。その頃に妻と知り合い、結婚。その後、義父が知人の始めたカステラの会社を引き受けることになり、義父の下で勉強したいと思い、転職しました。
まったく違う世界でしたが、半熟カステラの販売などに関わり1週間で5万個売れたりして、手ごたえを感じ始めました。当時、社長になりたいという野心はあったのかもしれません。
28歳の時にチャンスがあり、社長になりたいと手をあげました。社長に就任したのは2011年です。若造に社長業ができるのかと周りから疑問の目も向けられ、意気込みしかなく、3年ほどはきつかったです。時間はかかりましたが、取引先の方から徐々に信頼されるようになりました。今から考えると若さの勢いもあったし、義父がいざというときは自分が責任取るという立場で優しく見守っていてくれたからできたんでしょうね。

昭和38年(1963)に電気屋として開業した頃の長嶋屋

植木職人時代の山田さんの雄姿
長嶋さん
最初は特にこだわりとかなかったですね。でも色々と困ったことには直面しました。2008年の“リーマンショック”。新築や改築の電気工事を請け負っていましたが、当時、不動産や工務店の動きがなくなり、仕事が激減しました。職人が5人ほどいましたが、毎日倉庫の整理しかできないようなありさま。そこで、会社の姿勢や目的、経営理念やビジョンを考えるようになりました。
元々、うちは1500年代中期から商売をしていて、三重県紀伊長嶋から塩を持ってきた。そのあとは炭を売ったり、その時代に必要とされるものを扱ってきたわけです。そうした長嶋屋の歴史も考えると、一種の社会貢献というか、経営理念の『心豊かな町づくり、人づくり』が大切だと思い至りました。地域の人が困った時に思い起こしてもらえるような存在でありたいと。
経営ビジョンの『困りごとゼロの町』を目指しています。
山田さん
長嶋さんは、代々地域の方のために尽くされているんですね。
私は社長になったのが28歳でしたから、自分の親世代の社員がいるなか、厳しく指導していただきました。社長の勉強会にも参加したり、物販の現場にも足を運びました。弊社には工場直売所がありますが、そこへ遠くからでもわざわざ買いに来るお客様が大勢いらっしゃいます。
そうしたお客様と接すると、ありがとうと仰っていただく。買っていただいてこちらがありがとうという立場なのに、お客様から笑顔で感謝されるとは。
お客様とのコミュニケーションを通じて、この仕事に関わる方が笑顔になれるようにしたいと思うようになりました。一緒に幸せになろうが経営理念といえます。
長嶋さん
心の豊かさがないと、人は幸せにはなれませんよね。仕事をしていると、時々これは罰ゲームかなと思うほど辛いこともあります。労働は食っていくために仕方がないことなのか、何のために働くのだろうと考えたこともありました。
山田さん
傍(はた)つまり周りを楽にするから働くという説もありますよね。自分勝手に働くのではなく、周りを幸せにしなければならないと思うのです。社長業は孤独で苦行でもありますが、そうしたことを考えるために自分と向き合う時間も必要ですね。

“デンキの病院”として地元ではお馴染みの「長嶋屋」

大手筋商店街での出展イベントでの山田さん
――お二方それぞれのストレス解消法を教えてください。
長嶋さん
人間関係からストレスが生まれることがほとんどかと思います。他人と関わらなければストレスはないけれど、そうはいかない。ストレスが発生するのも仕事の醍醐味といえるかもしれないね。
山田さん
確かにそうですが、ストレスの解消法も人間関係からできるのではと。心通う人たちと一緒にいると、心の疲れもとれますね。お酒もあれば、より一層(笑)
長嶋さん
私は仕事をしないオフの日にストレス解消をするんですが、半日バージョンから5日バージョンまであります(笑)
高知の室戸岬までバイクで行ったり、石垣島へダイビングに行ったり。1日バージョンだと、敦賀のある場所まで行き、そこで1日本を読んでいます。
本からふと視線を外した時に、青い空や美しい海など普段とは違う環境にいることが実感できて癒されます。ひとりの時間をつくる、無心でいられる環境をつくるのも大切ですね。
山田さん
うらやましいです。私には子どもが5人いて、仕事以外は家族の時間を大切にしています。いま、住まいは亀岡市なのですが、山や川がある自然豊かな環境です。家に帰って家族と過ごす時間がストレス解消ともいえます。

ダイビング中の長嶋さん。ウミガメとこんにちは

お子さんたちと川遊び中の山田さん
長嶋さん
うちは400年以上前から同じ伏見にいます。たぶん、100年後も伏見で在り続けるでしょうね。先祖はまず塩を持ってきた。そのあと昭和の時代には炭を、そして1963年に家電で電気屋に。10年ほど前からは高齢者の方も増え、需要が出てきてリフォームや家事代行も始めました。100年後も地域が必要としているものを提供していきたい。地域に根差し、地域に寄り添っていける長嶋屋で在り続けたいですね。
山田さん
それは素晴らしいと思います。私はかつて10年以上、植木職人だったこともあり、京都は歴史の深い町だと感じています。400年前からある庭を見ると、なぜこの枝を切ったのか、その意味を考えたり、切り方から80年後にはこうあってほしいという意図を感じたりします。いま、私たちは400年前の人たちより幸せなのか、と考えてしまいます。でもカステラを食べる時は、みな笑顔です。弊社がお菓子作りを通じて行き着くところは幸せでありたい。100年後、その思いが残って、より幸せを感じていただけるよう、続けていきたいですね。
中書島の「喫茶と喫酒 港」にて。インタビュアーは立石編集長

楽しくも勉強になる話が止まらない取材でした。
※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。

伏見クロストーク ~リーダーが語る伏見の未来~ 第1回
注目の新連載。第1回目は「長嶋屋」と「三源庵」のおふたり。経営ビジョンから100年後の構想まで語り合います。