伏見人
能の道一筋の職人にして求道家、そして伝道者
右京区鳴滝本町のバス停で降り、閑静な住宅街を歩くこと数分。突如現れる杉浦能舞台と書かれた日本家屋のお屋敷。
凛とした佇まいでお出迎えくださったのが、今回の伏見人の主役である杉浦豊彦さん。
ご案内いただいたのは、総檜造りの広々した能舞台で、立派な松の画に目が釘付けになりました。
この舞台を横目に、杉浦さんに能楽師としてのあり方、どんなご活動をされているのかなど、じっくりお話を伺いました。

右京区鳴滝の杉浦能舞台
私の仕事は、正式には能楽師と言います。
能舞台は数名から十数名で成り立ちますが、どういう人たちかと言うと、コーラスのような謡(うたい)、「地謡(じうたい)」と呼ばれる方々。小道具の受け渡しをしたり、舞台上でハプニングが起きたとき~たとえば衣裳が歪んだり落ちたりしたとき~に対処したり、大きな役割としては演者が病気などで舞台に立てなくなったときに代役を担ったりするのが「後見」。
演者には、主役を務めるシテ方、助演者であるツレ、ワキという役割もあります。
私はこのなかのシテ方というパートにおります。
流儀は観世流です。
初舞台は3歳でした。いとこたちもみんなそうでしたし、自然に「能をやるのだ」と思って育ちました。
一度も「イヤだ」と思ったことはありません。
内弟子修業に入る前に、覚悟はしました。
大学3回生を終了したときに大学を辞めまして、東京のお家元、今は代が代わっているので先代ですが、そこに内弟子に入りました。5年半厳しい修業を終え、独り立ちを許され、地元京都に戻ってきました。

初舞台は3歳、「鞍馬天狗」でデビュー

観世御宗家宅に住み込んで教えを請うていた内弟子時代
自分が主演する舞台の他、能の普及のためには、鳴滝で隔月「鳴滝倶楽部」という講座を開いています。
能の演目をひとつ決めて、その解説を実演をまじえながら一曲すべて行う、というものです。能がむずかしいと言われるのは、ことばの壁があるからです。それをクリアするために、「いまはこういうことを話していますよ」というふうに、謡いながら舞いながら、解説します。
「鳴滝倶楽部に来ていただいたら、能が見たくなる・楽しくなる」というコンセプトで、およそ20年間続けてきました。
また、見学ツアー・体験ツアーも行っています。
見学ツアーはワンコインで、30分ほど。舞台を見ていただき、舞台の仕組みを説明したり、能の歴史を紐解いたり、しています。
体験ツアーは3000円で、能のおもしろさや見方をお話しして、謡う、舞う、面を着けて歩いていただく、装束を羽織って写真を撮る、などしていただいています。
見学も体験も、私の簡単な仕舞はご覧いただいています。
伏見では区役所で体験講座をしたこともあります。そのときは、おとなも子どもも大勢来られましたね。
舞台に立つ人間なので、どんなにかっこよかったり上手であっても、やはり、舞台には私生活が出るように思います。生活が乱れていたりすると、舞台に出る気がする。いつも見てくださっている方や能に詳しい方には、それが伝わると思います。
なので、ある程度そういうことは気を付けないといけない、と思っています。
教える立場としては、お稽古する方に最近よく言うのは「素直であること」。
字を見て謡う稽古をしますが、最初は一句ずつオウム返しに練習します。極端な例ですが、たとえば私が間違って読んだとしても、そのまま読む。「あれ、先生間違えましたね」「ここ違いますね」と言う方もおられますが、そうではなく、私のほうが「ここは間違いました」と言うまで、そのまま信じて同じように謡う。
というような姿勢が大事だと思います。
能に限らず、何かを人に教えてもらうときは、素直に吸収しないと成長しないですよ、ということをお伝えしています。
武藤彰画伯の描かれた立派な松を背に~鳴滝の杉浦能舞台
「能 杉浦 伏見教室」にて、謡のお稽古中

御香宮神社内の神聖な九社殿、こちらで「能 杉浦 伏見教室」を開催しています
時代の変化を受けて感じるのは、私のおじいさんの頃はまだ、先生はとにかく怖いものでした。
今は怒るとすぐ辞めてしまいますし、あまりにもひどいときは注意することもありますが、やりすぎるとイヤになってしまわれます。
上手になって成長してこそ「楽しい」と思いますから、そのあたりは気を付けています。
最近は、初心者の方はゼロからのスタートなので、最初に来られたときは「一つでもできたら、できた、と喜んでいいんですよ。プラス思考で行きましょう」と声を掛けています。
3つ4つ節を教えてもらって、全然できなくても、一つでもできたら「一つできた」と自分を褒める。そうしないと楽しくなりませんからね。
伏見には月に2回御香宮さんのお稽古に来ています。
いまはまちなかで商店街がどんどんなくなり、大手スーパーに取って代わられています。
けれど伏見はそうではなく、大手筋をはじめ賑やかな商店街が残っているのが、いいなと思います。
子どもの頃から商店街が身近にあり、商店街のなかのお肉屋さん、お魚屋さんに個別に買いに行くのが当たり前でした。
今は昔なじみの商店街も寂れてしまいましたが、大手筋のような商店街文化が残っているのは、ホッとしますね。
母が伏見の生まれで、家は丹波橋通りをずっと西に行ったところの瓦屋さんでした。その関係もあり、「御香宮神能」を毎年九月秋分の日にやっています。いろいろ事情があり、前に務めていた方から父にやってほしいと依頼がありました。承ります、と父がお引き受けしたときに、同時に「お稽古場もつくりましょう」ということになりました。「能 杉浦 伏見教室」は私が二十歳のころからですので、もう40年くらいは続いています。母のご縁があったからこそですね。
子どもの頃は桃山城が大好きでした。おばあちゃんの家に行くと「桃山城に行きたい」とせがんで、よく連れて行ってもらいました。
昔はプールや遊園地もありました。よく自分の子どもも連れて行っていました。
桃山御陵駅前、ガード下のラーメン屋さんラーメン大中はたまたま入って美味しかったので、いまもたまに行きますね。
伏見桃山駅近くの料亭魚三楼さんも会食等でよく利用させていただいています。お料理も美味しく、いいお店ですね。

伏見を代表するランドマーク・桃山城
以前は「能舞台にお稽古に来てほしい」だったり、「能楽堂に観に来てほしい」という想いが強かったですが、いまは「こっちから出向いたほうがいいんじゃないか」と思うようになりました。
能楽堂じゃないところでやってみようと、ゼスト御池でステージをつくったり、文化博物館のホールで演じたり、していた時期がありました。
また、文化庁の仕事で、大阪の先輩に声を掛けていただき、京都に限らず全国津々浦々、学校に出前に行っています。九州、四国、中国地方、もちろん関西もあります。
機会があれば、さまざまな場所に出向いていきたいと思っています。

Zest御池能「高砂」

外国人ツーリストの方にも能体験は人気
うーん、最後となると…
粕汁が大好きです。シンプルですが、母がつくっていた粕汁。
大根、ニンジン、セリ。それだけなんです。
肉も魚も入っていませんが、このシンプルな粕汁が大好きなので、最後となるとこの粕汁ですね。
【編集コメント】
取材させていただいた空間が本当に特別で、こちらも自然と居ずまいを正す心持ちになりました。
この特別な空間に、しっくりと溶け込んでおられる杉浦さん。
物心ついたときからずっと、何十年もたゆまず努力を続けてこられた方だからこその存在感なんだな、ということが身に染みて感じられました。
伝統芸能は特別なもの、自分には関係がない、と思う方も多いかもしれませんが、何かとても大切な、私たちが日ごろ顧みることが少なかったり、遠い昔に置いてきてしまったものが、ここにはあるように思います。
日ごろあくせくしているからこそ、能の世界にふれるひとときは、とても貴重なものなのかもしれません。
日本人としての原体験というのか、何か大切なモノたちに気づかせていただいたような、そんなひとときでした。
ありがとうございました!
(取材 ナッツ)
※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。